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話し合う姿勢 [その他]

攻撃されれば、守りに入る。
場合によっては、攻撃し返す。

それは、おそらく本能的なもの。
自分を守るための防衛本能の一種。

人間関係も同じ。

手を差し伸べれば、相手の手を掴むことができる。
それなのに、「手を出す」=「攻撃する」がデフォルトな人がいる。

日頃からそうやって攻撃されている相手が、手を差し伸べてきたらどうするだろう。

私は、疑う。
疑って、その手は取らない、振り払う。
自分を守るために。

結果、自分が痛い目に合うのは、やはり自分が悪いのだろうか。
相手の「優しさ」に疑いを持った、自分が悪いのだろうか。
攻撃されたとしても、相手を信じ続ける気持ちを持たない自分が悪いのだろうか。

「話し合う姿勢」というものがある。

相手に向かい合い、相手の言い分と自分の言い分両方を広げあう。
そして、互いの主張について意見を交換し、最善の最良の方法を探る。
その共同作業ができるよう、整えるのが「話し合う姿勢」だと思う。

最初から相手を否定し、相手の話に耳を貸さない。
自分が相手以上の情報を持っていたとしても、教えない。
何しろまずは、否定し、批判する。

そこに何があるのだろう。
そこに何が生まれるのだろう。

そして耳を貸さずに、結果的に転んだ相手を見て笑う。
ほくそ笑む。

楽しいのかな。
嬉しいのかな。
面白いのかな。

私が思う「話し合う姿勢」というのはただの理想論なのかもね。
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